マレーシア 航空 17 便 撃墜 事件。 SNS情報で国際的事件の謎を暴く「すご腕チーム」<ベリングキャットの衝撃(上) >

撃墜されたマレーシア航空機17便|ターロウトーキー|note

マレーシア 航空 17 便 撃墜 事件

インターネット上の公開情報を分析し、国際的な事件や事故の経緯をいち早く解き明かす独立系の調査グループ「ベリングキャット」が注目を集めている。 ポスト真実の時代に市民と共に切り開くインテリジェンス(諜報〈ちょうほう〉)の新時代を3回に分けて紹介する。 英国のほぼ中央に位置する人口30万人の都市レスター。 ベリングキャット代表のエリオット・ヒギンスさん(40)が個人のオフィスとして使う表札もない小部屋には、雑誌が1冊だけ置かれた机とキャビネット、2脚の椅子しかない。 「シンプルな部屋ですね」。 そう私が口にすると、ヒギンスさんは「物が多い部屋は好きじゃない」と笑い、ノートパソコンを手に取った。 「これとインターネットがあれば調査はできます」 レスターに暮らす元ブロガーのヒギンスさんは、シリア内戦で使用された軍事兵器や航空機事故などの分析記事を多く手がけてきた。 軍事部門や防衛産業に勤めた経験はなく、紛争地に足を踏み入れたこともない。 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に投稿される写真や動画、地図などネットで誰でもアクセスできる情報を細部まで分析する「オープンソース調査」と呼ばれる手法で、政府機関をも非常に驚かせる結論を導き出してきた。 諜報分野には公開情報を読み解いて機密に迫るオシント(=オープン・ソース・インテリジェンス)という用語がある。 専門家のみならず画像解析にたけた市井の人々が集うプラットフォームであるベリングキャットは、ウェブにあふれる玉石混交の情報から真実とウソを見極める新時代のオシントをジャーナリズムに融合させたパイオニアだ。 「真実を探るための『シチズン(市民)・インテリジェンス』」。 ヒギンスさんはベリングキャットの取り組みをそのように例える。 ベリングキャットを一躍有名にしたのは、2014年7月に起きたマレーシア航空17便(MH17)の撃墜事件の調査だった。 アムステルダム発クアラルンプール行きのMH17は、ウクライナ東部の親露派支配地域の上空を飛行中にミサイルで撃ち落とされ、乗員・乗客298人全員が犠牲になった。 事件直後から米国や欧州の同盟国は、ウクライナ東部の親露派武装組織の関与を疑った。 ロシアから提供された地対空ミサイル「ブク」で撃墜したとの見方だった。 一方、ロシアと親露派はウクライナ軍の空対空ミサイルによるものと主張し、情報戦を展開した。 2カ月後となる9月初めにベリングキャットは、「ブク」の輸送にロシア軍「第53対空ミサイル旅団」が関与したと示唆する記事を複数の証拠と共にウェブサイトで発表した。 ウクライナとロシアでSNSに投稿された画像や軍人の書き込みなどを分析し、事件前にロシアからウクライナに向かった軍事車両の経路をたどった結果だった。 それから1カ月後、ヒギンスさんに英国の警察から連絡が入った。 MH17事件の国際捜査チームが、英政….

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マレーシア機行方不明事件の真相と現在!370便のその後・撃墜事件も総まとめ

マレーシア 航空 17 便 撃墜 事件

2014年7月17日、 マレーシア航空機17便がウクライナ上空で撃墜され、乗客乗員298人全員が犠牲となりました。 民間旅客機が撃ち落とされるという前代未聞の事件が起きたのです。 この出来事から遡ること4か月前、 同年3月8日にマレーシア航空370便が突然消息を絶ち、現在もまだ見つかっていません。 今回は2014年に起きたマレーシア航空機を巡るミステリアスな出来事2つの中の、マレーシア航空17便に起きた悲劇について検証してみたいと思います。 この2つの出来事には陰謀論が付きまといます。 考えてみても一機は依然として消息不明のまま、もう一機は撃墜されたなんて異常事態もいいところです。 実は当時、フライトレーダーcomから「マレーシア航空17便は離陸していない、フライトはキャンセルされた」という情報が発信されていました。 現在、それを確認しようとクリックしても情報は消去されています。 「あれはマレーシア航空17便ではなく、4か月前に姿を消した370便だ」とする説があるのです。 比較した画像を見るとわかるとおり、ウクライナで撃ち落され墜落炎上した機体の残骸を見るとマレーシア国旗のマークの下の窓が17便ではなく、370便の特徴を示しています。 マレーシア国旗の下の窓、370便は開いた窓と閉じた窓があるが、17便はどの窓も開いている。 ウクライナで撃ち落された機体は国旗の下の窓が一つ閉じている。 また、撃墜されたマレーシア航空17便は墜落する直前までウクライナ軍機にエスコートされていたと目撃者は語っています。 ウクライナはロシアと緊張状態にあり、内戦の様相を呈しています。 そのような危険な空を民間機が飛ぶこと自体、本来はありえません。 実際に、この事件から6日後の2014年7月23日に、17便墜落現場のすぐそばで親ロシア派によってウクライナ軍機が2機撃ち落されています。 ここで軽くウクライナで起きていることについて触れておきます。 ウクライナは東西に大きく違った考え方を持っていて分断寸前です。 東側はロシアから多数の人が流れ込み住んでいて、ウクライナはロシアに組み込まれるべきだと主張しています。 それに対してウクライナの西側はヨーロッパからの人が多く住んでいて、ウクライナはEUヨーロッパに組み込まれるべきだと主張しています。 アメリカはウクライナの西側を支持し、EUヨーロッパにウクライナを所属させようと後押しします。 そんな中、ウクライナで選挙をして、ウクライナ大統領が誕生しました。 しかしその大統領は根っからのロシア派で、ウクライナをロシアに入れようと画策します。 これに西ウクライナは猛反発、そこで内戦に発展しました。 当のウクライナ大統領は逃亡。 さらにロシアはウクライナにとってヨーロッパにつながる重要な拠点クリミアを占拠します。 これにも西ウクライナは激怒、EUヨーロッパもアメリカも日本もロシアに対し怒って「ウクライナに対する内政干渉をやめろ!」とロシアに対し遺憾の意を示しました。 そこから経済戦争、NATO軍(アメリカ、ヨーロッパ(日本)のロシアへの進行などにつながっていきます。 当時マレーシア航空17便が撃墜された直後からアメリカはロシアがマレーシア航空17便を撃ち落したとして、ロシアを非難しました。 当時のアメリカ大統領はバラクオバマ氏です。 ところでオバマ大統領は2014年当時、奇妙な動きを見せています。 マレーシア航空370便が忽然と姿を消した事件の後に、アジア各国を訪問しました(日本にも来ました)が、なんとマレーシアにも寄ったのです。 アメリカとマレーシアは関係が浅く、アメリカ大統領がマレーシアを訪れたのは実に50年ぶりでした。 さらに不思議なことに、その年のクリスマスにハワイで休暇中のオバマ大統領のもとにマレーシアの大統領が訪れて仲良くゴルフに興じたのです。 当時のマレーシア大統領はナジブラザク氏でした。 何もなく一国の長が動くわけはありません。 そこには何等かの意図があります。 ましてや50年ぶりに対話しているのですがら。 2014年当時、ハワイでクリスマス休暇中にマレーシアのナジブ大統領とゴルフに興じるオバマ大統領。 当初計画していた通りにしないとうまくいかないとオバマ氏はナジブ大統領に言い、多額の金額がナジブ大統領にこのとき渡されたとされています。 このアメリカ大統領とマレーシア大統領のクリスマスの密会のあと、翌1月になってマレーシア航空370便は、墜落し乗員乗客は全員死亡したとマレーシア当局は発表しました。 これには遺族らが猛反発、消息不明になった機体はどこか安全な場所に着陸したはず、基地に拘束されているのではとする者までいました。 当初からアメリカも関与しているのではと思いました。 ここからは、ターロウの見解ですが、実はマレーシア航空機17便が撃ち落される 2日前、 2014年7月15日にBRICS銀行の設立が合意に至ったのです。 これは大きなニュースでした。 BRICS銀行とは(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の5か国によって設立された銀行です。 新興国の5か国とはいえ、この5か国は強い。 アメリカのドルもイギリスのポンドも必要ありません!と宣言したに等しいと思いました。 これに怒り心頭のアメリカ、ヨーロッパ、さらにはそれらを牛耳る者たちによって仕掛けられたテロだったのではないかというのがターロウの見方です。 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ 消息を絶った370便には911テロを再現する裏の目的があったという噂が後を絶ちません。 これら一連の動きは黒幕をロシアにしようとする西側諸国が仕組んだ黒い行動だったのではと思ってしまいます。 ロシアが絡む土地での墜落現場はメディア規制が厳しいです。 しかし、なぜかアメリカの主要メディアFOXテレビのカメラが入ることが出来ました。 アメリカが関与しているのでは?とふと頭をよぎったのは、FOXニュースが現場の生々しい様相を中継で伝えているのをこの目で見たからです。 マレーシア航空機17便はオランダを離陸して、マレーシアに向けて飛んでいました。 乗客にもオランダ人が多く乗っていたため、墜落した原因究明などオランダが今も積極的に行っています。 同機には当時エイズの権威が複数名乗っており、確認されただけでエイズ治療関係者6名が死亡している。 他にもいるとしている報道もありますが、発表されたのは6名。 当時オーストラリア、メルボルンで第20回国際エイズ会議に出席するため、同機にエイズ治療関係者が乗っていたのです。

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マレーシア機撃墜、ロシア当局者ら4人起訴へ マハティール首相「ばかげている」

マレーシア 航空 17 便 撃墜 事件

com ナレンドラさん 中央 一家。 右が妻のシャルマさん。 機体が見つからないまま今年1月に捜索は終了し、人々の記憶からも消え去りつつある。 愛する人に何が起きたのか しかし、多くの遺族にとって、事件はまだ終わってはいない。 妻が同便に乗っていたというインド在住のK. ナレンドラさんは本誌の取材に、こう語る。 「事件から3年が経ちましたが、妻がいなくなった時の悲しみはいまだ鮮明で、この現実に直面する難しさを日々感じています。 飛行機に何が起きたのか、決定的な情報もないため、私たち家族はいまだに気持ちの整理がつけられないままでいます」 マレーシア政府は、同便が南シナ海上空で急転回し、予定の航路とは真逆の南インド洋方面に飛び、墜落したと発表。 今年1月、成果がないまま南インド洋での捜索を打ち切った。 これに対し遺族は、3月にマレーシアで開催された追悼集会で、捜索の続行と拡大を訴えた。 同月、米サウスカロライナ州では、マレーシア政府と米ボーイング社に対して原因究明を求める訴訟が始まった。 マレーシア航空やマレーシア政府が情報公開を拒む中、真相究明を求める声が高まっている。 あの日、MH370便に何が起きたのか 2014年3月8日に行方不明になった当時の動きと、今年までの主な動きを振り返る。 370便に異変が起きたのは、2014年3月8日の午前1時21分。 離陸から約40分後のことだった。 マレーシアとベトナムの間の南シナ海上空で、マレーシアの航空管制レーダーとタイの軍事レーダーから、ほぼ同時に姿を消した 上図。 奇妙だったのは、マレーシアのナジブ・ラザク首相の対応だ。 失踪から1週間後の同月15日にようやく会見を開き、ハイジャックや機長個人の問題の可能性を示唆。 その後、根拠のない機長の自殺説やテロ説などをマスコミが書き立て、世界中でさまざまな憶測が飛び交った。 同月24日には、マレーシア政府がイギリスの衛星通信会社インマルサットの衛星データの解析をもとに、飛行物体が南インド洋に墜落したとの見方を示した。 その後、南インド洋でいくつかの残骸が見つかったが、マレーシア政府は調査報告が出る前から「370便のものだ」と断定するなど、不可解な対応をした。 これらはまるで、意図して捜索場所を南シナ海から南インド洋に変え、事件の幕引きを急ぐかのような動きだった。 ほぼ同時に、タイの軍事レーダーからも姿を消したが、軍事レーダーは機体の通信状態に関係なく、物理的に機体が存在するか否かを探知するものだ。 2つのレーダーの状況を踏まえれば、最優先に「その場に墜落した」可能性を考えるべきだろう。 1週間後、マレーシア当局はこの飛行物体が370便だったと断定。 しかし、その明確な根拠は示さなかった。 そもそも、正体不明の飛行物体が軍のレーダーで捉えられれば、戦闘機が緊急出動 スクランブル してもおかしくない事態だ。 しかし、マレーシア空軍はその飛行物体を追跡しなかったという。 検証02 南インド洋墜落説を支える衛星データ解析は不確か 行方不明から約2週間後の3月24日、マレーシアのナジブ首相はイギリスの衛星通信会社インマルサットの衛星データの解析結果をもとに、370便が南インド洋まで飛んでいき、そこで墜落したと結論づけた。 しかし、『マレーシア航空機はなぜ消えた』の著者で、元日本航空機長の杉江弘氏はこう指摘する。 「この衛星データはすべてが曖昧です。 しかし、 その『微弱な信号』とは何かも、飛行機のどこから出ている信号なのかも分かっていません。 また、インド洋上空には5~6個の衛星が回っていますが、この『微弱な信号』を捉えた衛星はたった1つしかありませんでした」 マレーシア政府が同社の解析結果に飛びつき、早急に結論を出したことは不可解だ。 検証03 南インド洋の残骸は370便とは断定できない 370便が姿を消した後、南シナ海を中心に、航空機の一部と見られる残骸の発見が相次いだ。 しかしマレーシア当局は、仏領レユニオン島近くのインド洋で見つかった「フラッペロン」と呼ばれる主翼の一部の残骸を、370便のものと断定した 下図。 現在も失踪の真相を追い続けている、フランス人ジャーナリストのフローレンス・デ・ションジー氏は本誌の取材にこう語る。 「残骸が370便の一部と証明するにはID番号が必要です。 しかしこの残骸からは、ID番号が刻印された金属プレートが不自然に欠損していました。 また、370便のフラッペロンは2013年に修理された整備記録があります。 しかし、残骸の調査に関わった専門家は、修理された箇所は見当たらないとしています。 そもそもナジブ首相は、フランスの調査チームからの報告を受ける前に、『370便のもの』と発表しています。 検証01 なぜ南シナ海の「残骸」は無視され続けているのか 「最も論理的なのは、最後に機体が確認された場所を捜索することです。 しかし 南シナ海での捜索にはわずかなエネルギーしか割かれませんでした」 航空専門家のデズモンド・ロス氏はそう指摘する。 実際に南シナ海では飛行機の残骸の目撃情報が相次いだ。 しかし、マレーシア当局が根拠なく否定したため、いずれも詳しい調査は行われていない。 370便の失踪当日、ベトナム海域にある石油掘削施設で働いていたニュージーランド人の男性は、夜空に「火の玉になって落ちる飛行物体」を目撃 上図。 同便がレーダーから消えた時間、方角ともに一致していた。 しかし彼は、ベトナム当局に情報を寄せた後、明確な理由もなく解雇されたという。 不可解なのは、写真が公開された翌日にマレーシア政府が、「中国当局はこの衛星写真は誤って公開されたものであり、『MH370の機体の残骸は写っていなかった』と述べた」と公表し、即座にMH370との関連性を否定したことだ。 発見した元パイロットの米国人男性によると、物体は370便の機体とほぼ同じ大きさだという。 報告を受けた同省のヴァン・ニン市の市長は、「370便と関係があるかもしれない」と述べたが、後日、理由を説明せず発言を撤回した。 検証02 過去に折れた主翼の修理は十分だったのか 以上のように、マレーシア政府は不確かな情報や物証をもとに、墜落場所を「南インド洋」と断定してきた。 南インド洋に墜ちたことにしたい「動機」があるのだろうか。 さまざまなリスクを抱えた機体 米連邦航空局は事故の半年前、370便と同じボーイング777型機の機体の衛星アンテナ部分に亀裂を発見。 他の42機を調べたところ、同じ部分に腐食を認めた。 修理せずに放置すると空中分解する恐れがあると、世界の各航空会社に警告していた。 修理後、航空当局が再運航を認めていたという。 多くの航空事故の訴訟を担当してきたスティーブン・マークス弁護士は、「機体の一部が正しく整備されていない場合、機体全体の構造や他の部位にも余計に負荷がかかり、事故につながりかねません」と指摘している。 370便はさまざまなリスクを抱えた機体であったわけだが、なぜかマレーシア航空は整備記録の公開を拒んでいる。 責任者は真相を明らかにする義務がある これまでの検証でも分かるように、「370便はハイジャックか機長の問題で正規の航路を外れ、南インド洋に飛行を続け、そこで墜落した」というマレーシア当局が描くストーリーには、説得的な根拠がない。 同便は機体に不具合が起き、消息不明になった地点である南シナ海に墜落した可能性が高い。 マレーシア政府ならびにマレーシア航空は、遺族が訴訟で求めている情報の公開に応じていない。 機体の製造元の米ボーイング社やエンジンの英ロールス・ロイス社なども真相究明につながる情報を持っているとみられるが、いまだに沈黙を続けている。 239人の犠牲者とその遺族のためにも、航空史に同様の悲劇を繰り返さないためにも、責任のある政府や関連企業は事故に誠実に向き合い、真実を明らかにすべきだ。 (全文は以下の有料会員限定記事で公開中).

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