バレー くろごあい。 東レの黒後愛(くろごあい)はサオリン引退後の全日本エース?身長や家族等プロフィールやプレースタイルも

滋賀から朗報届けたい バレー東レ入団の黒後愛(宇都宮出身) 1年目の活躍、地元で誓う|スポーツ|下野新聞「SOON」ニュース|下野新聞 SOON(スーン)

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もくじ• 2015年 8月の世界ユース選手権に出場し、ベストサーバーに選ばれる。 2017年に東レ・アローズに入団内定して、 3月には全日本メンバーに登録される。 同年 10月の Vプレミアリーグ開幕戦でスタメン出場してデビューし、以降もチームの主力選手として活躍。 2018年にリーグの最優秀新人賞を受賞した。 学歴~出身高校・大学の詳細 スポンサードリンク 出身高校:東京都 下北沢成徳高校 偏差値 50~ 56(コース不明のため) 黒後愛さんの出身校は、私立の女子校の下北沢成徳高校です。 同校のバレーボール部は名門として知られ、木村沙織選手や大山加奈選手など、後に全日本代表として活躍する選手も輩出しています。 また同校は進学(偏差値 50)、国際(同 53)、特進(同 56)の 3つのコースを設置していますが、黒後さんがどのコースに在籍したかは不明です。 また一般入試での進学ではなく、バレーボールでのスポーツ推薦での入学です。 黒後さんはこの高校に進学した経緯については、次のようにインタビューで話しています。 「「強いチームでバレーがしたい」とは思っていましたが、高校のことはよく知らなかったので悩みました。 両親は「行きたいところに行きなさい」と言ってくれました。 成徳への思いが強くなったのは、全日本中学選抜やJOCカップを通じて仲良くなったミユキ(堀江美志選手)の誘いが大きかったです」 また黒後さんは栃木県の宇都宮市出身のため、高校時代は寮生活をしています。 寮では当初は自分で起きることができずに起こしてもらっていましたが、後に自分で起きることができるようになって、チームメイトたちからは感動されたそうです。 ただし入学当初はボール練習前のトレーニングでへとへとになってしまったそうです。 ボール練習に入る前のトレーニングでへとへとになり、ボール練習では立っていられないくらいでした。 次の日は起き上がれなかったです。 筋肉痛で(苦笑) 高校時代も強豪として知られる同校で 1年生の時からレギュラーを獲得。 「勝つために必要な選手がコートに立つという考え方なので、そこに学年の区切りはないですね。 上級生が巻き込んでくれたので、試合で緊張することもありませんでした。 ただ、練習の密度が濃いので、1年生のときはついていくので精一杯。 できないことが多いのに、メンバーとして試合に出させてもらっている苦しさはありました」 2年生と 3年生の時には主力選手となりましたが、高校2年生の時には「春高バレー」こそ優勝しましたが、黒後さんのケガが原因でインターハイと国体には出場できませんでした。 その時は一番辛かったとインタビューで述べています。 「高2になって足首を捻挫したんです。 それが長引いて、思うようにプレーできない時期が続きました。 そのときが一番つらくて、生活の中でも笑顔が消えました。 自分では気づいていなかったけど、同級生が気づいてくれて「愛が元気ない」って伝えてくれて。 キャプテンが「大丈夫?」って聞いてくれて。 「何かできることがあれば言ってね」って言われたときは号泣しました」 そして高校3年生の時には春高バレーを連覇したばかりか、インターハイでも優勝を遂げています。 当時はバレーボール漬けの毎日でしたが、選手として大きく成長した高校時代でした。 そして黒後愛さんは高校卒業後は大学に進学せずに、Vプレミアリーグの「東レアローズ」に入団しています。 高校3年生の終わりには全日本代表のメンバーにも選ばれたことから、国内でもっともレベルの高い環境でプレーすることを選んだようです。 その後の活躍も周知の通りで、現在は全日本代表のエース的な存在となっています。 古賀紗理那さんらとともに日本女子バレー界をけん引する存在なので、今後の成長にも大いに期待です。 スポンサードリンク 学歴~出身中学校の詳細 出身中学校:栃木県 宇都宮市立若松原中学校 偏差値なし 黒後愛さんの出身中学校は、地元宇都宮市内の公立校の若松中学校です。 実はこの中学校の校区には住んでいませんでしたが、父親の兄がこの中学校のバレーボール部の監督を務めていたことから、越境入学の形で進学しています。 そのため中学入学当初はクラスに知り合いがいなかったことから、1週間くらいはずっと泣いていたとインタビューで話しています。 「実は人見知りで、すぐに馴染めるタイプではないんですよね。 今は、だいぶよくなりましたけど、中学校に入学したばかりの頃は、クラスに知っている子がいなかったので、「友だちができない」「学校に行きたくない」って、1週間くらいずっと泣いていました」 黒後さんは中学1年生の時からレギュラーを務めて、主力選手として活躍しています。 中学時代の成績は関東大会が最高でしたが、個人としては全日本選抜や栃木県選抜に選ばれており、当時からその将来性が注目を集めていました。 ちなみに黒後さんは中学時代は反抗期で、しょっちゅう母親とケンカをしていたそうです。 「母は「勉強しなさい」とか「早く寝なさい」とか、わかってることを何度も言うので、「もう中学生だぞ」と(笑)。 「言われなくても寝るよ」と(笑)。 こんな感じで、中学時代はしょっちゅうけんかをしてました。 バレーのことを言われると「言わないで。 わかってるから」って態度をとっていました」 また中学校3年間で身長が8㎝伸びて既に現在と同じ180㎝となっており、これが後のバレー人生に大きな影響を与えたとのこと。 スポンサードリンク 学歴~出身小学校の詳細 出身小学校:栃木県 宇都宮市立横川西小学校 黒後愛さんの出身小学校は、地元宇都宮市内の公立校の横川西小学校です。 家族構成は両親と姉の4人家族です。 父親の黒後洋さんは宇都宮大学の女子バレーボール部の監督と教授を務めています。 また母親もバレーボール経験者で、5歳年上の姉も春高バレーに出場経験があるなどバレーボール一家に育っています。 黒後さんは小学校1年生の時に姉の練習を見に行ったことがきっかけでバレーボールに出会っていますが、すぐにははじめていません。 私は、姉(5歳上)の練習について行くうちに、「私もやってみたい」と思うようになりました。 小1の頃に「私もやりたい」と言ったら、母に「お姉ちゃんが始めたのは小3だったから、それまで待ちなさい」と言われました 小学校3年生の時にバレーボールをはじめて、当時は小学校のチームと母親の知り合いが監督を務めるクラブチームの「サンダース」に在籍していました。 クラブチームではすぐに主力選手になっており、小学校5年生の時には「全国スポーツ少年団バレーボール大会」でベスト4に入っています。 なお黒後さんは小学校6年生の時点で身長が160㎝を超えていましたが、チームの方針で前衛でもブロックをおこなわずにバックセンターとしてレシーブを受ける役割を担っていました。 そのため以降もサーブレシーブに苦手意識がなく、大きな財産になっているとのこと。 加えて黒後さんは小学校時代はピアノと水泳も習っていましたが、バレーボールの練習が週3、4日あったことから、後にバレーボール一本に絞っています。 以上が黒後愛さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。 既に全日本でも中心選手として活躍していますが、年齢的にもまだまだ伸びそうです。 またチャーミングなルックスで、美人女性アスリートとしても高い人気を誇っています。 故障などなく順調に成長をすれば、将来の日本女子バレーボール界を背負うような選手になる可能性も秘めています。 今後の大きな飛躍にも期待が膨らみます。 スポンサードリンク ここまでお読みいただきありがとうございました。 ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。 また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。 なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

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黒後愛(バレー)の進路は東レに内定?身長体重やかわいい画像、熱愛彼氏も!

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東レアローズ・黒後愛 くろごあい のプロフィレセプションもール ポジション:ウイングスパイカー 所 属:東レアローズ 背 番 号:20 東レでの2017年時点 出 身 校:下北沢成徳高校 愛 称:アイ 生年月日 :1998年 平成10年 6月14日 年 齢:18歳 出 身 地:栃木県宇都宮市 身 長:180㎝ 体 重:70㎏ 効 き 腕:右 最高到達点:3m02㎝ 高校時代 好きな映画:ジブリ、ディズニー 好きな曲 :ゆずの「虹」 好きな本 :漫画全般 特 技:どこでも寝れる事 座右の銘 :笑う門には福来る 2017年春にバレーボールの名門・下北沢成徳高校を卒業し、Vリーグの強豪・東レアローズに入団したばかりの将来の全日本のエースと呼ばれているのがこの黒後愛選手です。 高校時代は同学年の金蘭会高校のエース、宮部藍梨 みやべあいり 選手とともに高校二大エースと呼ばれていた、高校バレー界の超大物選手です。 全日本エースとしてオリンピック銅メダルに導いたサオリン引退後の後継者? 黒後愛選手のプロフィールを見て、バレーボールファンならばあるスター選手との相似性を感じる人も多いのではないでしょうか。 高校女子バレーの名門・下北沢成徳高校で活躍し、全国制覇を成し遂げて東レに入団したウイングスパイカーといえば?そう、今季限りで現役を引退したサオリンこと木村沙織元日本代表選手です。 2012年のロンドンオリンピックで、見事に28年ぶりとなるオリンピックのメダル獲得という快挙を成し遂げた全日本女子バレーチーム。 その快挙を成し遂げた中心メンバーとして全日本に君臨したのが木村沙織選手でした。 高校時代に全日本デビューして以来、10年以上も全日本の不動のレギュラーとしてチームを引っ張ってきた木村沙織選手。 その木村選手の引退により、全日本では木村沙織の後継者を誰にするかというのが大きな課題ともなっています。 そんな木村沙織の後継者候補の最有力候補がこの18歳・黒後愛選手なのです。 レセプションを任されるウイングスパイカーとしての木村沙織と黒後愛の共通性 出身高校と実業団チームとポジションが同じであるという事だけが、黒後選手が木村沙織さんの後継者候補と目されている理由ではありません。 黒後選手と木村沙織さんが比較される最も大きな要因、それは二人のプレースタイルの共通性です。 木村沙織といえばその大きな特徴は、日本の女子バレー史上でも最高といわれるほどのオールラウンドな能力でしょう。 とにかく何でも出来るマルチプレーヤーとして世界でもその評価は極めて高いものでした。 ウイングスパイカーと呼ばれる選手の中には、レセプション サーブレシーブ を免除された攻撃に特化したアタック専門の選手もいますが オポジット、スーパーエースとも呼ばれる事も 、木村沙織さんと黒後愛選手の場合は、レセプションにも参加するウイングスパイカーです。 木村沙織さんはこのレセプションが非常に安定していた選手であり、優れたアタッカーでもあるために、相手チームからは木村選手の攻撃を潰す意味合いでもサーブで狙われる事が多かったのですが、素晴らしいレシーブ力で相手サーブをしっかりセッターへ上げ続ける選手でした。 そしてこの黒後選手もレセプションを任されている選手であり、そのレシーブ力は非常に高く、その上に素晴らしい攻撃力を持っているために木村沙織さんと比較されるのです。 両選手とも攻守に非常に高いレベルでバランスのとれた、パーフェクトプレーヤーなのです。 スポンサーリンク 下北沢成徳の小川良樹監督が語る高校生・黒後愛の凄さ もちろん、木村沙織さんの全盛期の力と比べると、高校を卒業したばかりの黒後愛選手の力はまだまだであり、これからの伸びしろに期待されるところです。 しかし、少なくとも高校時代の力的には木村沙織さんの高校時代と比べても全くそん色のない逸材であることは間違いありません。 その事は両選手を指導した、高校バレー界の名伯楽といわれている下北沢成徳高校の小川良樹監督のコメントからも明らかです。 小川監督曰く、攻撃面では木村沙織は巧く打つ選手であり、黒後選手は凄いボールを打つ上に巧くも打てる選手だと評しています。 さらに小川監督が目を細めるのは、1年生から黒後選手がエースを務めていたという部分。 普通は重要なポイントは上級生が打つというのが当たり前なのですが、黒後選手は1年生から試合を左右するようなポイントでトスを上げられ、それを決めてきたのです。 そんな選手は初めてだと小川監督は言います。 そして「非常にバランスのとれた選手」と評したうえでこう言います。 体には力があるうえに上手いので相手をかわすプレーにも長けており、レセプションも上手く、二段トスやフェイント処理などの繋ぎのプレーも素晴らしい、と。 この小川監督の黒後選手評を聞けば、ますます思い浮かんでくるのは木村沙織選手ですよね。 全てにおいてレベルの高いウイングスパイカーだという事です。 父は大学バレー部監督、姉も春高バレー出場のバレーボール一家の黒後家 木村沙織さんといえば、妹の木村美里選手も東レアローズの現役選手 ポジションはリベロ である兄弟でのVリーグプレーヤーであり、ご両親もバレー選手であった、まさにバレーボール一家に育った事もファンの間では有名な話です。 この点でも黒後選手と木村さんは同じような境遇にあります。 黒後選手は栃木県宇都宮市出身ですが、黒後選手の父親はその地元にある宇都宮大学バレーボール部監督をつとめており、宇都宮大学バレー部を1部昇格に導いた名監督でもあります。 その妻、つまり黒後選手の母親も元はバレーボール選手です。 そして黒後愛選手の姉、黒後彩乃さんも、國學院大學栃木高校の選手として春高バレーに出場したバレーボール選手という、まさに木村一家を超えるほどのバレー一家なのです。 木村沙織さんもそうですが、この黒後愛選手もやはり生まれた時から全日本のエースとなることを運命づけられた選手、そんな気がしてしまいますよね。 中田久美監督の全日本女子はワールドグランプリでデビューか? 下北沢成徳高校で春高バレーを連覇し、二年連続でMVPを獲得する等、数多くの快挙を成し遂げて卒業し、東レアローズに入団した黒後愛選手は、2017年5月の第66回黒鷲旗(くろわしき)全日本男女選抜バレーボール大会で、スタメンとして起用されるというデビューを飾りました。 全試合でスタメン起用されたことからも、その期待の高さをうかがい知ることが出来ます。 東レで鮮烈なVリーグデビューを飾った黒後愛選手ですが、こうなるとバレーファンにとって楽しみなのが、全日本での活躍でしょう。 中田久美監督となった新生全日本女子チームの直近の試合は7月に行われるワールドグランプリ。 ここで黒後選手は招集されるのではといわれていますね。 この全日本には、恐らく黒後選手と同様にポスト木村沙織の最有力選手と呼ばれている古賀紗理奈選手 NECレッドロケッツ も選ばれる事でしょう。 この二人の起用なども注目です。 名将・中田久美監督の下でこの将来の全日本のエース候補がどんなプレーを見せるのか?東京五輪に向けてニューヒロインの誕生に期待したいですね。

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#13 黒後 愛

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石川真佑選手のプロフィール 中学校は地元の愛知県岡崎市ではなく、強豪で知られる長野市立裾花中学校に進学しています。 中学校時代には全日本中学校バレーボール選手権大会に3年連続出場。 2013年(1年次)と2015年(3年次)の2回とも優勝を果たしています。 石川真佑選手は、あまり挫折を経験したことがなく、中学の時にはキャプテンで、チームを日本一に導く活躍ぶり。 メンタル的にも半端ないですね。。 当然、「うちの高校のバレー部に来てください!」というオファーも多かったそう。 入学した下北沢成徳高等学校とは? 下北沢成徳高等学校といえば、黒後愛(くろごあい)さんを輩出した、その後輩にあたる石川真佑選手も排出するなどバレーの名門校。 新入生で唯一レギュラーに抜擢され、春高バレーで8年連続16回出場で4回も優勝しています! 元バレーボール全日本女子の大山加奈さん、木村沙織さん、現在でも現役で活躍中の荒木絵里香選手も育てたという整った環境も実力を伸ばす要因にも。 監督も天才と言わせるほど、石川真佑さんは「相手の動きが見えていて、スパイクを打ち分ける凄さがある」と言っていました。 バレーを目指したきっかけ バレーボールを始めたのは8歳の小学校3年生のころ。 6歳上の姉と5歳上の石川祐希選手がバレーを習っていたことがきっかけに。 ミライモンスターのテレビに出てる時のツーショットだとさらに兄妹似てます! 石川真佑選手のお父さんは、石川幹尚さん。 元実業団の陸上選手で、母親は石川みどりさん。 母親も元実業団のバスケットボール選手で小さい頃からスポーツになじみのあった家族で、確実に両親のDNAも受け継いでいるでしょう! 石川真佑選手も、兄の石川佑希選手も、父親より、どちらかというと母親のみどりさん似ですね。 お姉さんのお名前は、石川尚美さん。 バレーボールを習われていましたが、SNSなどではっきりと顔が分かるものはありませんでした。 もしよく顔が分かる画像が見つけられたら掲載しますね!.

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