気 意味。 「お気になさらず」の意味と使い方まとめ!メールで使える例文や敬語表現も!

「気の置けない」の正しい意味と使い方、由来、類語・対義語、由来、「気が置けない」との違い

気 意味

Contents• 「油断のならない人」、「信用の置けない人」といった意味にとる方もおられますが、それは 間違いです。 「気遣いしてしまう」親しくなれそうにないといった意味になります。 間違いやすいのが、 「信用が置ける人」といった意味にとられやすいことばですが、そんな 意味はありません。 それにはポイントの「気」の意味が重要ですね。 「気」といった言葉は、かなり多義なことばでありますので、ひとこと意味をあらわすのは難しいです。 特有の香りや味 となっております。 「気」を使ったことわざや慣用句はたくさんすぎますし、 成句も200個以上あります。 その「心の動き」をあわわすとしても意味からするとおおまかにいって この4つの使い方に分けられます。 (1)「容器の中でのある状態」を表す 容器の中の気体にたとえられてその心理状態をしめされています。 例:「気が小さい、気が大きい」、「気を入れる、気が抜ける、気が張り詰める」etc・・・。 (2)「意欲・意図」を表す 例:「気が進まない」、「気が多い」、「気が変わる」、「気がある、気がない」etc・・・。 (3)「情緒・気分」を表す 例:「気にさわる」、「気が沈む」、「気を落とす」、「気を悪くする」、「気が滅入る」etc・・・。 (4)「意識」を表す 例:「気を失う」、「気が遠くなる」、「気に留める」、「気にかかる」、「気は確か」etc・・・。 つまり、 「意識しなくていい。 」 「相手を意識する必要がない。 」ということです。 ですので、 「気楽である。 」「遠慮がいらない。 」といったことになります。 それに対して 「気が置ける」というのは 「つい意識してしまう」 「気持ちがくつろがない。 」 「遠慮をしていまう。 」 といった意味になります。 気の置ける仲間の意味は、 「一緒にいてもくつろがない、遠慮してしまう仲間」 といったことになってしまいます。 また、間違いやすい意味として 「信用する(しない)、信頼する(しない)」といった意味ももともとなく、本来の気が置けないの意味からは離れたものといえます。 「気が置けない」「気が置ける」といったことばはかなり勘違いや間違って使っている方が多い言葉でもあります。 言葉は必然的に変化していくものであるが、誤用をしている場合でも一般化していく場合も多いです。 「たべられる」が「たべれる」に変化していくのもそのようにはじめは間違った使い方であったが、そのうち間違った方が市民権をえるパターンの典型ですね。 しかし、 「気が置けない」「気が置ける」の間違った使い方のように全く逆な意味である場合、言葉を発する人と受け取る人の認識によって意味が違っていくのは都合が悪いですね。 言葉の意味の伝達ができていないということになってしまって 思っていることとは真逆な受け取り方をされる可能性が大きいといったことになりますので気をつけて使っていくようにしたいですね。 投稿者 投稿日: カテゴリー.

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物の存在,活動などを説明する中国哲学上の概念。 気はもと「气」と書きにかたどった文字。 人間になぜ生死があるのか,生物になぜ四季に応じる盛衰の変化があるのかを追究して,これを水蒸気や人間の いき に類比される極微なの気のによって説明しようとしたらしい。 したがって,気は人間の心からは独立で,に遍在し,それ自体活動力をもった共通普遍の質料であって,それが個々の物をすれば物は生存し,散逸すれば物は死滅するとされた。 しかし,中国哲学では気の量的変化は考えられていない。 古代には,気にはいわば生きる気と死んでいく気のように2種または相異なった運動があると考えられ,清濁説,陰陽説を生み,また物に即する異質性または異なった段階的運動が考えられて五行説が成立した。 それとともにそのの一元気も考えられるようになったが,陰陽,五行などの気の展開の追究は,その超越的自然理法を顕著にすることになって,宋代には形而上の「」を気に優先する考えが成立した。 しかし,明以後は客観的,経験的に気を中心にして物の展開を考えるようになった。 現代中国の哲学研究では,中国的唯物主義のをこの気によって見出そうとしている。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 1 生命・意識・心などの状態や働き。 「 気が詰まりそうな部屋」 ㋑意識。 「 気を失う」 ㋒物事に反応する心の働き。 「 気を静める」 ㋓精神の傾向。 「 気が強い」 ㋔精神の盛り上がり。 「復興の 気がみなぎる」 ㋕気分。 気持ち。 「 気が楽だ」「 気が乗らない」 ㋖あれこれ考える心の動き。 心遣い。 「どうにも 気になる」 ㋗物事にひきつけられたり、人を恋い慕ったりする気持ち。 「彼女に 気がある」 ㋘何かをしようとする、また何かしたいと思う心の動き。 つもり。 「どうする 気だ」「やる 気がある」 2 天地に生じる自然現象。 空気・大気や、水蒸気などの気体。 「山の 気」 3 あたりに漂う雰囲気。 心に感じる周囲のようす。 「陰鬱 いんうつ な 気が漂う」 4 ある物がもっている特有の香りや風味。 「 気の抜けたビール」 5 昔、中国で1年を24分した一つの、15日間。 さらに3分した一つをといい、気は3候からなる。 [名] 1 そのものがもつ要素や傾向。 また、それが感じられる状態・気配。 「火の 気」「血の 気」「泣き上戸の 気がある」 2 そのものから発して、その存在を感じとらせるもの。 気体状のもの。 におい。 味など。 「 気おされる」「 気だるい」 2 主として形容詞、時に動詞・形容動詞に付いて、ようすが…であるという意を表す。 「 気おそろし」「 気うとし」「 気あなどる」「 気ざやか」 [接尾]名詞・動詞の連用形、形容詞・形容動詞の語幹などに付いて、そのようなようす・気配・感じなどの意を表す。 名詞に付く場合、「っけ」の形になることも多い。 「人 気」「飾りっ 気」「商売っ 気」「食い 気」「寒 気」「いや 気」 中国哲学の用語。 気という語は殷 いん 周の甲骨文、金文の資料や『詩経』『書経』にはみられないが、『論語』をはじめ戦国時代以後の各学派の文献に多く現れる。 元来中国人は、人の気息、風(大気)や霧、雲の類、湯気などを気として認識した。 そして 1 気は空気状のもので、天地の間に遍満して流動変化するとともに、人の身体の中にも満ちていると考えた。 2 気は天地万物を形成し、かつ気が生命力、活動力の根源であって、人の身体的、精神的諸機能もすべて気から生ずると考えた。 3 陰 いん なる気と陽 よう なる気、あるいは五行 ごぎょう (木火土金水)の気という2種類または5種類の気を考え、この多様な気の配合、循環などによって事物の異同や生成、変化を説明した。 4 これらの多様な気の本 もと となる根源の一気を考えてそれを元気 げんき と称し、元気による万物の生成を説いた。 気の思想は、だいたい上記 1 から 4 の順序を追って重層的に展開し、前漢のなかばごろまでに気の概念はほぼ定着して清 しん 末まで基本的な変化はなかった。 かくて漢代以後、種々の系列の思想において気による生成論が説かれ、宋 そう 代以降の新儒学(性理学)においては、気は物質の根源を表す語としてその理気哲学の体系中に組み込まれ、きわめて重要な役割を果たした。 なお気は狭義の哲学用語としてだけではなく、天文、気象、医学、芸術、兵法、政治等々多くの分野の理論のなかで、古来重要な用語として用いられた。 傍らから思いやるさまで、自己の心情や評価を直截に表現することを避けて表現を和らげる効果を出したり、「~のように見えるが本質はそうではないのでは…」というニュアンスを伴ったりすることもある。 2 「清げ」は「清ら」に対して一段下の美を表わすというが、これは後者の用法と関係するものであろう。 また、 イ の挙例「身の鏡」のように断定を遠慮する場合もある。 現代語では「~そうだ」「らしい」に代わられるなどして、あまり使われなくなっている。 出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について 世界大百科事典 内の気 の言及 【中国医学】より …この点についてはこれまで確証は得られなかったが,1972年に甘粛省武威県の後漢初期の墓 武威漢墓 から処方集が,73年湖南省長沙市の馬王堆漢墓3号墓 前168築造 から10種以上の医書が出土して,漢代の医学の発達の状態がかなり明らかになった。 すなわち《素問》や《霊枢》の経脈説は馬王堆の《陰陽十一脈灸経》をさらに発展させたもので,気,血などの考えも導入して,陰陽説や五行説の立場からさまざまの理論付けを試みている。 馬王堆の《五十二病方》は処方集であるが,武威の医簡に比べるとはるかに未発達の段階にあり,この2書が書かれた200年ほどのあいだに非常に大きな発達のあったことがわかる。

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気 意味

物の存在,活動などを説明する中国哲学上の概念。 気はもと「气」と書きにかたどった文字。 人間になぜ生死があるのか,生物になぜ四季に応じる盛衰の変化があるのかを追究して,これを水蒸気や人間の いき に類比される極微なの気のによって説明しようとしたらしい。 したがって,気は人間の心からは独立で,に遍在し,それ自体活動力をもった共通普遍の質料であって,それが個々の物をすれば物は生存し,散逸すれば物は死滅するとされた。 しかし,中国哲学では気の量的変化は考えられていない。 古代には,気にはいわば生きる気と死んでいく気のように2種または相異なった運動があると考えられ,清濁説,陰陽説を生み,また物に即する異質性または異なった段階的運動が考えられて五行説が成立した。 それとともにそのの一元気も考えられるようになったが,陰陽,五行などの気の展開の追究は,その超越的自然理法を顕著にすることになって,宋代には形而上の「」を気に優先する考えが成立した。 しかし,明以後は客観的,経験的に気を中心にして物の展開を考えるようになった。 現代中国の哲学研究では,中国的唯物主義のをこの気によって見出そうとしている。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 1 生命・意識・心などの状態や働き。 「 気が詰まりそうな部屋」 ㋑意識。 「 気を失う」 ㋒物事に反応する心の働き。 「 気を静める」 ㋓精神の傾向。 「 気が強い」 ㋔精神の盛り上がり。 「復興の 気がみなぎる」 ㋕気分。 気持ち。 「 気が楽だ」「 気が乗らない」 ㋖あれこれ考える心の動き。 心遣い。 「どうにも 気になる」 ㋗物事にひきつけられたり、人を恋い慕ったりする気持ち。 「彼女に 気がある」 ㋘何かをしようとする、また何かしたいと思う心の動き。 つもり。 「どうする 気だ」「やる 気がある」 2 天地に生じる自然現象。 空気・大気や、水蒸気などの気体。 「山の 気」 3 あたりに漂う雰囲気。 心に感じる周囲のようす。 「陰鬱 いんうつ な 気が漂う」 4 ある物がもっている特有の香りや風味。 「 気の抜けたビール」 5 昔、中国で1年を24分した一つの、15日間。 さらに3分した一つをといい、気は3候からなる。 [名] 1 そのものがもつ要素や傾向。 また、それが感じられる状態・気配。 「火の 気」「血の 気」「泣き上戸の 気がある」 2 そのものから発して、その存在を感じとらせるもの。 気体状のもの。 におい。 味など。 「 気おされる」「 気だるい」 2 主として形容詞、時に動詞・形容動詞に付いて、ようすが…であるという意を表す。 「 気おそろし」「 気うとし」「 気あなどる」「 気ざやか」 [接尾]名詞・動詞の連用形、形容詞・形容動詞の語幹などに付いて、そのようなようす・気配・感じなどの意を表す。 名詞に付く場合、「っけ」の形になることも多い。 「人 気」「飾りっ 気」「商売っ 気」「食い 気」「寒 気」「いや 気」 中国哲学の用語。 気という語は殷 いん 周の甲骨文、金文の資料や『詩経』『書経』にはみられないが、『論語』をはじめ戦国時代以後の各学派の文献に多く現れる。 元来中国人は、人の気息、風(大気)や霧、雲の類、湯気などを気として認識した。 そして 1 気は空気状のもので、天地の間に遍満して流動変化するとともに、人の身体の中にも満ちていると考えた。 2 気は天地万物を形成し、かつ気が生命力、活動力の根源であって、人の身体的、精神的諸機能もすべて気から生ずると考えた。 3 陰 いん なる気と陽 よう なる気、あるいは五行 ごぎょう (木火土金水)の気という2種類または5種類の気を考え、この多様な気の配合、循環などによって事物の異同や生成、変化を説明した。 4 これらの多様な気の本 もと となる根源の一気を考えてそれを元気 げんき と称し、元気による万物の生成を説いた。 気の思想は、だいたい上記 1 から 4 の順序を追って重層的に展開し、前漢のなかばごろまでに気の概念はほぼ定着して清 しん 末まで基本的な変化はなかった。 かくて漢代以後、種々の系列の思想において気による生成論が説かれ、宋 そう 代以降の新儒学(性理学)においては、気は物質の根源を表す語としてその理気哲学の体系中に組み込まれ、きわめて重要な役割を果たした。 なお気は狭義の哲学用語としてだけではなく、天文、気象、医学、芸術、兵法、政治等々多くの分野の理論のなかで、古来重要な用語として用いられた。 傍らから思いやるさまで、自己の心情や評価を直截に表現することを避けて表現を和らげる効果を出したり、「~のように見えるが本質はそうではないのでは…」というニュアンスを伴ったりすることもある。 2 「清げ」は「清ら」に対して一段下の美を表わすというが、これは後者の用法と関係するものであろう。 また、 イ の挙例「身の鏡」のように断定を遠慮する場合もある。 現代語では「~そうだ」「らしい」に代わられるなどして、あまり使われなくなっている。 出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について 世界大百科事典 内の気 の言及 【中国医学】より …この点についてはこれまで確証は得られなかったが,1972年に甘粛省武威県の後漢初期の墓 武威漢墓 から処方集が,73年湖南省長沙市の馬王堆漢墓3号墓 前168築造 から10種以上の医書が出土して,漢代の医学の発達の状態がかなり明らかになった。 すなわち《素問》や《霊枢》の経脈説は馬王堆の《陰陽十一脈灸経》をさらに発展させたもので,気,血などの考えも導入して,陰陽説や五行説の立場からさまざまの理論付けを試みている。 馬王堆の《五十二病方》は処方集であるが,武威の医簡に比べるとはるかに未発達の段階にあり,この2書が書かれた200年ほどのあいだに非常に大きな発達のあったことがわかる。

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